2012年4月9日月曜日

大腸がんを生きる仲間|「がんになって改めて知った、走ることの意味」


術後1年足らずでフルマラソンに挑戦

 大腸がんの手術から約11カ月後。私はオーストラリアで開催されたゴールドコーストマラソンのスタートラインに立っていました。このとき私の頭にあったのは、「必ず完走するぞ」という思いだけでした。

 私は、毎年、このレースに参加する市民ランナー向けのツアーに、コーチとして同行していました。その年も、あくまでコーチとして、参加者をサポートするだけの予定でした。
 ところが、現地に着いたら「自分も走ってみよう」という気持ちが突然わいてきたのです。

 手術の後は、短い距離とはいえ走っている間は、がんの再発・転移に対する恐怖を忘れることができました。しかし、恐怖がなくなるわけではありません。
 でも、以前のようにフルマラソンを完走できたなら、「自分の体にもっと自信が持てるのではないか」、「恐怖を払拭できるのではないか」、そう思ったのです。

脚の痛みさえも喜びに


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 ゴールドコーストマラソンのスタートラインに立ったとき、私は今までにない緊張感を感じていました。自分にとっては、新しい人生のスタートと言ってもいい、特別なレースだったからです。

 スタートの合図とともに、ゆっくりと走りはじめました。このマラソンの制限時間は6時間10分ですから、それまでにゴールするのが目標です。時計を確認しながら、ゆっくり走りました。

 ジョギング程度のペースでしたが、それでも練習不足の体は徐々に悲鳴を上げはじめます。20キロを過ぎたあたりから、ひざの横にある靱帯が痛み始めたのです。
 いつもなら、悔しい気持ちになるところですが、そのときは違いました。うれしかったのです。痛みがあることがうれしいのです。
「自分は脚が痛くなるくらい走れている!」そう思うと、痛みさえも大きな喜びになりました。


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 30キロを過ぎたあたりで、その痛みは激痛に変わりました。残り12キロは、すべて歩くことにしました。時計を確認し、歩いても制限時間に間に合うだろうという計算ができていたからです。
 左脚をひきずりながら歩いた約2時間の道のりも、私にとってはうれしいような楽しいような、得難い時間となりました。

 その後、沿道の人が増えるゴール前の1キロだけは「ランナーとして、みっともない姿は見せたくない」、その気持ちだけで走り抜き、ゴール!
 タイムは5時間42分。記念すべき、けれども誇り高き自己最低記録の更新でした。

 このゴールは、大腸がんの手術から現在までで、一番うれしかったゴールでした。
 苦しんだ分、「フルマラソンを走り切れた」「マラソンランナーに戻れた」という大きな達成感がありました。

フルマラソンを走り切れた、それは健康の証

 フルマラソンを走り切れたことはまた、自分への自信につながりました。健康なときの自分を取り戻せたような気持ちになれたのです。


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 もちろん再発や転移の危険がなくなったというわけではありませんから、そういう意味で、私は現在進行形のがんを抱えた病人かもしれません。
 でも、フルマラソンを走り切れるということは、普通なら健康体だと言って差支えないのではないか?

 私は自分がゴールドコーストマラソンを完走できたことで、自分のことをこう考えられるようになりました。
「病気かもしれないが健康でもある」

 人間だれしも病気になる可能性はありますが、自分が健康だと実感できる何かがあれば、自分に自信が持てます。生きていると実感できます。

 それが私にとっては走ることなのです。

走ることの楽しさをもっと多くの人に知ってほしい

 もちろん、人にとって病気になることは悲しいことです。失うものもあるでしょう。
 でも、それだけではありません。病気をしたことで、新しい人や、生活に出会うこともありますし、それまでと違う考え方ができるようになることもあります。

 私は大腸がんになったことで、自分にとっての走ることの意味を、走ることの魅力をあらためて考え直すことができました。純粋に走ることが好きになれたのです。


 今、私は走ることが楽しくて仕方がありません。
 1年間に走るフルマラソンの数が、がんになる前よりも増え、2010年は8回もフルマラソンを走りました。

 マラソンを完走したときの喜びはほかでは味わえないものです。苦しんだ分、普段の生活では味わえない達成感、満足感があります。

 また、マラソンという目標があると、毎日に緊張感が生まれますし、意識的に生活するようになります。
 例えば、練習時間を捻出するために規則正しい生活を心がけたり、食べ物に気をつけたり。「走ることで人生が変わった」という人も少なくありません。

 他のスポーツと違って、走ることは誰にでもできます。
 とにかく前に進んでいれば、だれでもいつかはゴールできます。
 順位に関係なく、ゴールした人はみんな大きな達成感を得ることができます。

 そんな達成感をもっと多くの人に味わってもらうため、もっともっと楽しく走れる市民ランナーを増やすこと。それが今の私の夢です。



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